特集「村の公文書」展 (神山町郷土資料館所蔵資料より) 4

book村役場の一年 
        −昭和16(1941)年の上分上山−10月〜12月
【10月】
  1日 暴風雨。
  2日 災害箇所を調査。
  5日 村内各種団体代表者、戦病死者の墓参を実施。
  6日 災害土木測量。
  9日 耕地災害箇所・農地造成事業の工事設計。
 11日 村会。経済更生委員会。
     [昭和5(1930)年にはじまる昭和恐慌のもとで疲弊が深刻化した農村を再建するた
      め、昭和7年に政府は農山漁村経済更生運動を開始した。村の経済組織化のために
      産業組合を整備し、下部組織として部落ごとに農事実行組合を置き、各種の事業が進
      められた。そのいっぽうで精神更生が重視され、自力更生・生活改善・勤倹貯蓄が声
      高にさけばれた。上分上山村は昭和8年に経済更生指定村となり、村に設置した経済
      更生委員会の計画にもとづいて林道の開設や水田用水路の改修を重点的に推進し
      た]
 25日 「昭和十六年度村民税賦課額決定ノ為、村会」
 26日 乳幼児・母性体力向上座談会。乳幼児健康診断・相談。災害土木カ所を現地確認の
      ため、内務省査定官が来村。
 28日 村常会。
 29日 「国民体力法ニ依ル精密居宅検診」。
 30日 「農業事行組合長会開催ス」。     [農事実行組合長会の誤りか?]

【11月】
 20日 瓦斯木炭製造業者協議会。
 21日 石井警察署長が来村し、統制経済について講演会。部落常会長・村会議員・事業者
      が参加。
     [日中戦争の長期化と米英との対立激化にともない、日本の戦争経済は軍需生産とそ
      れを支える重化学工業の拡充をはかるために、物資の価格・配給・消費統制を推進
      した。これを可能にしたのが、昭和13(1938)年の国家総動員法であった。これによ
      り、一般国民向けの生活関連物資・食糧の供給が逼迫し、昭和15年に砂糖・マッチ切
      符制、今年(昭和16年)になると生活必需物資統制令によって酒・木炭・タバコ切符制
      が導入された]
 22日 「英霊帰還ス、午后三時三十分高音寺出迎」。
 27日 米穀管理事務取扱者協議会。

【12月】
  8日 「本日未明、英米両国トノ間ニ戦斗ノ火蓋ハ切ラレ、遂ニ隠忽ヲ守ル我ガ帝国モ英米
      ニ対シ宣戦布告詔書ヲ渙発セラレタリ。俄然太平洋ハ戦乱ノ巷ト化セリ。我ガ精鋭ハ
      各所ニ戦果ヲ拡大中ナリ。皇軍ノ武運長久ヲ祈ル」。
      [日頃の『日誌』の事務的な記事とは違い、当直者のみならず役場内・村内の高揚した
       雰囲気が伝わってくるようである]

昭和16年当直日誌
写真6 『昭和16年当直日誌』12月8日の記述

  9日 警防団役員会。
 19日 「三氏ニ対スル村葬執行ス」。
 22日 村常会。
 31日 「塩統制配給令実施セラルルニ付、部落常会長並ニ小売商人ヲ招集シ協議会ヲ行
      フ」。
      [明日(昭和17年1月1日)から食塩が通帳配給制となる]

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