開館10周年記念 特別展
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 北海道と徳島の歴史的関係は古く、深い。
 江戸時代、阿波に隆盛した藍には北海道産の鯨〆粕などの魚肥が不可欠であった。この輸送には蝦夷地と上方を結ぶ日本海まわりの北前船が利用され、阿波と蝦夷地の交流は緊密であった。江戸時代後期に蝦夷地の交易で活躍した高田屋嘉兵衛は、阿波藩の淡路出身である。阿波藩と嘉兵衛との関係は現在のところ不詳であるが徳島と蝦夷地との交流と無関係ではないだろう。
 徳島県人で活躍をした嚆矢には、幕末の樺大探検で著名な岡本韋庵がいる。北海道開拓使の判官として樺大開拓に従事する。蝦夷地内の開発を優先する開拓使次官黒田清隆と対立して破れ、北海道を後にしたが、後続する徳島県人の北海道移住に与えた影響ははかりしれない。
 明治4年、稲田家臣団が静内地方に移住したのは偶然ではない。明治2年、開国後間もない明治政府は開拓と警護のため各藩に分領支配をおこなったが、徳島藩には日高国新冠郡の支配が命じられた。明治3年には稲田邦植に静内郡と花咲郡志古丹が割譲された。稲田家は庚午事変の処分として静内へ移住させられたのであるが、その背景にはこの諸藩への分領支配策があった。この68郡におよぶ分領支配は、大方は形式的な支配にとどまり実があがらなかったが、背水の陣でのぞんだ稲田家臣団の開拓事業は大きな成果をあげた。日高国静内地方に移住した稲田家臣団もまず取り組んだのは藍作であった。

明治二年徳島藩への新冠郡への分領支配を命ずる文書(蜂須賀家文書・徳島県立文書館蔵)
明治2年徳島藩への新冠郡への分領支配を命ずる文書
(蜂須賀家文書、徳島県立文書館蔵)

 明治2年渡道し、北海道移住事業を推進した麻植郡児島村(現・川島町)の仁木竹吉は、韋庵の著『北門急務』に触発されて、北海道移住を決意し、魚肥の現地調達を目的に北海道での藍作に着手した。仁木に導かれて北海道へ移住した農民たちも道内各地に分散していくが、移住先で藍の種をまき育てた。藍作は徳島県人のよりどころであった。
 ところで明治25年7月「徳島日日新聞」に、関義臣徳島県知事の徳島県民20万人を北海道に移住させるという計画案が掲載されている。当時の徳島県の人口は約70万人、その3分の1に近い膨大な数である。この破天荒にも見える移住奨励策の背景には、基幹産業であった藍業の衰退による徳島県の産業経済の停滞と不振があった。県内に滞留する過剰な人口を新天地北海道に殖民移住させることにより双方の発展を画策するものであった。
 関知事の辞職によりこの案は直接的には実現に至らなかったが、北海道の殖民移住策は停滞のはじまった徳島県の経済や産業の打開策としても取り上げられ奨励されていくのである。
 明治24年に組織された「那賀郡北海道殖民同盟会」は、県内の有力者による殖民移住事業の代表的なものであり、安定的に北海道へ移住させるための組織活動であった。
 明治中期以降には吉野川流域の藍作地帯や、県南各地から阿波団体や徳島団体とよばれる農民移住がおこなわれたり、県人によって多数の農場が道内各地に次々と開設されていった。この結果、徳島県はもっとも積極的な北海道移民県として、移住入数では全国11番目、西日本では香川県と並んで卓越した移住県となった。(明治44年「殖民公報」)
 概していえば、徳島県人の北海道移住は、特に開拓初期の段階において質量とも大きな役割を果たしたといえる。先述したもの以外にも、興産社をはじめ北海道各地における製藍事業、日本屈指の大農場となった蜂須賀農場、北海道新聞の元を築いた阿部興人や阿部宇之八をはじめ、各分野での徳島県人の奮闘ぶりには目を見張るものがある。その積極的な活動は「起業精神」に満ちており、明治初期の活力のあった時代の徳島県人の意欲的エネルギーを紡佛とさせる。
 このほか、明治35年72歳の高齢で北海道開拓に乗り出した医師関寛斎や、レンガづくりで活躍した久保兵大郎、「五反ならし運動」の中林ナカなど、新天地北海道にあらたな活動の場をもとめた人物も多い。
また道内には、県内徳島で失われた貴重な徳島の近代史資料が残されていることも調査が進む中で明らかになって来ており、これからの解明が期待される。
 この意味で北海道と徳島の移住や交流の歴史を考えることは、近現代の徳島を見直すための非常に重要な資料や視点を提供してくれるといえるだろう。

関知事の北海道移住策を掲載した新聞記事他2点

関知事の北海道移住策を掲載した新聞記事(明治25年)

(北海道立文書館蔵)

(西野・多田家文書、徳島県立文書館蔵)

 

 

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